おっさん、悲しみの俳句 ~そんな目で 見ないでくれよ ツバメさん~
ツバメ、大好きである。
シュッとした体つきで低空を飛ぶ姿は、ああ、5月だなぁと季節の移ろいを知らせてくれる。
家屋など、人のすぐ近くに巣を作るのも可愛げがある。ツバメとしては、ただ外敵が寄り付かない場所として選んでいるだけなのだろうけど、「人は敵だと思っていませんよ」とか、「人の事を信頼していますよ」と思われているのではないかと勘違いしてしまう。
だから、自宅の玄関にツバメが巣を作ると嬉しくなる。
ツバメの巣がある家を見ると、ちょっと穏やかな目でそこの住民を見てしまう。‥‥玄関先は汚れるけども。
そんなツバメ、今年“は”職場に巣を作らなかった。
去年の事である。
職場の玄関にツバメが巣を作った。まだ出来上がっていないようで、出勤時などに脇をすり抜けて材料を運ぶツバメを見ては微笑ましい気持ちになっていた。
そんなとき、上司からPHSで連絡があった。
「玄関、ツバメが巣、作っちゃったろ?」
‥‥嫌な予感がした。
「汚れるから取っ払っちゃって」
的中である。
仕方なく玄関に向かう。手には脚立と箒、塵取りにビニル袋。
見上げた先にはツバメの巣。脚立に登り巣の中を覗くと卵はまだなかった。とりあえず一つ安心。卵ごと破壊するとか考えたくない。
巣を箒の柄でつつくと簡単に崩れ落ちた。ばらばらになる巣。罪悪感。
後頭部に風を切る気配がして振り返れば、真後ろでツバメが飛んでいた。飛んできては戻り、また飛んでくる。
巣のあった所にいこうとしていたので、箒を掲げて進路を遮った。
すると、脚立から2mほど離れた所に降り立った。口には植物の茎のようなものを咥えている。思えば、地に立つツバメを見るのは珍しいかもしれない。しかもかなり至近距離。
飛び立たず、じっとこちらを見ている。多分、僕を見ていたと思う。
もう一羽ツバメがやってきて、最初の一羽の側に降りてきた。番いだろう。
困ったように見つめ合い、一緒にこちらを向くツバメ。何かを訴えかけてくる視線。超罪悪感。
「ごめんよ~」
言っても通じるわけがない。落とした巣の残骸を塵取りで掬い、ビニルに入れる。
まだいるツバメ。心が痛む。これはどこが痛みを感じているのだろうかと思う。
脚立を片付けその場を後にする。
そして数時間後そこを通りかかると‥‥巣のあった場所に、また茶色い物がくっついていた。そして飛来するツバメ。また作り始めていた‥‥。
PHSを取り出し上司に連絡。
「巣、除去したんですけど、また作り始めちゃいました」
「あ~、そうかー」
つい軽く口が滑ってしまう。
「可哀想だしここに作らせてやるわけには‥‥」
「う~ん、衛生的にな~」
‥‥ん?もっと怒られるかと思ったけど意外と柔らかい返答だった。上司ももしかしたらツバメが嫌いでないのかもしれない。
「じゃあ、鳥もちしかないか」
「‥‥鳥もち?」
「じゃないとまた作っちゃうし。鳥もち用意するよ。‥‥鳥もちは○○君につけてもらうから」
ハチの巣から鳩ノ巣の駆除。捕獲した動物の処分までなんでもござれの○○さんが作業を引き継ぐことになった。これは、僕が気乗りをしていない事を察してくれたのかもしれない。
で、てきぱきと壁に設置される白くべたつくアレ。もし羽にくっついたらツバメじゃ取れないだろう‥‥。
もう僕には、ツバメが鳥もちに触れる前に諦める事を祈るしかできなかった。
とりあえず、壁にへばりついてたり、地面に転がるツバメを見かけることは無かった。
初夏と言ってよいくらいやや暑いが、まだ過ごしやすい2023年の5月。見上げた職場の玄関に、ツバメの巣は無い。